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08.1.24 UP ! 

風俗嬢はスケベなのか???の続きのまた続き…の巻Vo.132



 前回、少女フレンドという雑誌が「もはや少女でもフレンドでもない!」相当にエロいレディコミみたくなっていたと書いたが、これは興味深いことで、小学校中学年から中高生に向けてセクシャルな表現があるモノは確実にビジネスチャンスが存在するという証明になっているのだ。
  男性は思春期になれば、おのずとセックスへの興味が沸くが女性は恋愛に興味を示してもセックスには興味を示さないのではないか?という説もある。これはむしろ「女のコがセックスに興味を持つなんてはしないこと」という教育的な概念が支配していたからではないだろうか?本音の部分は別にして女性だろうがセックスへの興味はある。
  40年近く前の小学校を思い出してもクラスの中にこっそりと永井豪の『ハレンチ学園』や『あばしり一家』を読んでいる女子小学生というのはいたものである。一応、若い世代に説明しておくと当時の永井豪の性表現は時代の数百メートルを先に走っていたものだ。同時にSF作家としても才覚があり、その両方を併せた『キューティーハニー』が今なおリメイクされ、またイメクラなどにおいても定番の衣装になっていることは偉業なのだ。
  「女だってエロいんですよ!」と発言する行動に市民権を与えたのは80年代後半になってからである。その牽引車となったのは当時クリスタル映像にいた村西とおる監督であり、黒木薫や豊丸という純AVギャルの登場だった。これまた若い世代のために解説しておくと黎明期のAVというのは匿名の女のコの出演がほとんどであり、芸名があるのはピンク映画と二束の草鞋で活動する女優がほとんどだったのだ。
  AVの出現によってピンク映画は窮地に立たされたように思われているが、まだまだ家庭用ビデオデッキも高価な家電製品であったため、それなりに普及には時間がかかった。そのためAVとピンク映画は別ジャンルとして共存共栄した時期もあったのである。
  ピンク映画の女優というのは「私はスケベだからピンク映画に出演している」とコメントした人は少なかった。むしろ「ピンク映画であろうと女優」という意識があり、役者根性を剥き出しにすることで1つのプライドある世界を築いていたのである。
  この時代に符号するのがドリフの「8時だよ全員集合」とたけしやさんまの「ひょうきん族」の笑いの質と、その移行である。ドリフがいかりや長介の芸人根性により綿密なリハーサルと台本によって計算された笑いを提供するのに対して、たけしやさんまはアドリブでギャグをかまし、ある程度、台本を無視することで突発的な笑いを提供した。視聴者はドリフを旧態依然とした笑いと受け取り、ひょうきん族のアドリブ主体の笑いこそ、時代にマッチしたものとして受け取ったのだ。
  この構図はドリフをピンク映画に、ひょうきん族をAVに置き換えることが可能である。お笑いの方が一歩先に進んでしまったがエロメディアの中心がピンク映画からAVへと移行した時期はほどほどに重なっていたのである。
  実際にオレが風俗取材をするようになったのは90年代になってからだが、今でも覚えているのが吉原のソープ嬢に初めて取材した時である。まだ学生気分の抜けないオレは総額のプレイ料金に、つい「高いですね」と洩らしてしまったのだ。しかしソープ嬢はひるむことなく「高いかもしれませんけど彼女とのセックスや奥さんとのセックスじゃ味わえないテクニックを殿方に味わっていただけますから」と自信満々に答えた。
  これはどちらかというといかりや長介かつピンク映画女優的な発言だったと思う。その他の取材についても「私はエロいですから風俗嬢をやっています」というニュアンスは一切なく「私はプロです」というプライドと風俗嬢根性のようなモノを感じさせる言葉だった。実際、こういうタイプの風俗嬢は今となっては見つけるのも難しいのが現状である。

 

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