安くて量の多い飲食店とか、定価より遥かに低価格な量産店など、不況と共に発展していった。今も、こういうお店の人気が衰えることはない。これからもそうだろう。しかし安いということをウリにした場合、これは消費者に対して「ウチは、こういう値段なんだから、このぐらいのクオリティで勘弁してくださいよ」という弁明を同時に行うのだ。
引き合いに出すのは恐縮だが以前に都内某所の激安ヘルスを取材した時に、その風俗店の店長は在籍女性の写真を見せながら「この値段で、このぐらいの女の子が集まってれば、まぁいい線いってると思うんですよねぇ」といった。オレが冷静に判断して、まぁアタリもいるよねぇ〜というレベルであった。
また相当な激安で集客しているピンサロにも、とある企業秘密があった。オフレコという感じの会話の中で「でなきゃ女の子たちを納得させられんですよぉ」と店長の本音を聞いたものだ。プレイ料金が安いということは当然、働いている女性も低賃金ということになる。風俗店だって家賃もあれば光熱費もあり、台所事情は明るい訳でもない。
ある程度、遊んでいるヒトならば激安店のそういう傾向は、それなりに把握できる。「ヌクのは一緒だから安い方がいいやぁ」ってのも1つの価値観だし、「もうちょっとお金払ってもいい女とプレイしたい」というのも正論である。ただ景気が悪ければ本来、中級品として作られた商品が量産店に並ぶのと同様に「お客さんの回転が悪い」というのを理由に激安店に移籍する風俗嬢もいる。量産店と同様、激安風俗店を支えているのは実はこの種の“お買い得な”風俗嬢なのではないか?という気もするのだ。
折りしも先日、芝公園近くのデリヘルに取材に行く途中で輸入カーディーラーの前を通りかかるとフェ○ーリの商談を成立させているシーンに出くわした。バブル時期のような勢いはないとしてもフェ○ーリのようなハイエンドなクルマが、そこそこ売れているのも事実である。
フェ○ーリはいささかムチャな例だが、ハイエンドなオーディオ製品や高性能CPUを搭載したパソコンなどは、そこそこ売れている。
取材先もデリヘルではあったが、お店としては一種のハイエンド風俗を目指しているような印象を受けた。在籍女性もなかなかのレベルで揃えている。これは1つの勝負の仕方として正しいのである。
風俗店におけるハイエンドというと、どうしても高級ソープに落ち着くと思われがちだ。また、それは間違いではない。ただし時流ということを考えるといささか感覚が古いのである。吉原とか川崎というのは風俗街としては歴史もあるし、風格も十分だが、やはり辺鄙な場所にある。これはこれでなくなってしまっては困るのだが、むしろ保存すべき風情に近いモノであって、次の風俗業界のヒントになるモノではない。
デリバリーヘルスが登場した頃には店舗型風俗店に比べると高級感を打ち出したイメージであった。ただ悲しいかな店舗型風俗店が主流な時勢で女の子の質などを考えるとお店の打ち出す高級感と在籍する女の子の実情がイコールではなかった。以降、風俗業界の中でデリヘルは主流になりながらも反面は大衆化することで発展してきたのである。
この発展のし方も正解であったものの、なんだか全体に小粒になってしまったのは実に惜しい。風俗のプレイ時間というのは男性が贅沢な時間を買うという根本がいつの間にか置き去りにされてしまったような印象もある。
単純に値段を吊り上げればよいという訳ではないが、今の風俗店になくなってしまったカラーはハイエンドな風俗という感覚ではないだろうか?