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07.02.15 UP ! 

ソフトサービスの意外な繁栄とは?…の巻 Vo.110



 オレが初めて風俗取材に行ったのは、すでに15年ぐらいは前になる。ここまで自分が古株になるといささかヘコむが、その反面でここまでの風俗業界の流れをオレなりの視点で体感してしまったワケだ。さらに不思議なモノでやはり初めて風俗取材をした時のことは未だに覚えている。渋谷にある老舗のヘルスで、今でもある。待合室にけっこうなお客さんがいたこと、当時としてはキレイな女のコが取材対象だったことを覚えている。
  ただ必ずスキン着用でのサービスということで、まぁこんなもんなんだろうなぁ…などと勝手に納得していた。それから2年ほどすると歌舞伎町や渋谷、池袋に性感ヘルスやらイメクラが登場した。スキンを使用しないことから「カゲキヘルス」などと銘打っている店舗もあった。イメクラというのも当時としてはかなり画期的な存在だった。
  基本的に風俗というのは男性が女性にリードさせる擬似性行為というところを商品にしてきたワケである。イメクラはお客さんに主導権を持たせるという全く別形態の風俗だった。こういう流れを見ていると風俗の発展はプレイ内容を過激にヒートアップしてゆくことでお客さんの満足感を増してゆくという分かりやすい発展をしてきたのである。
  しかしながら常識的に考えれば過激な内容というのには、おのずと限界がある。今はもう成長し続けるスキがない状態にまで行き着いてしまったのでは?という感じなのだ。考えつく手もないではないが、いろいろな意味でもう危ない。
  ここへきてオナクラのような業種が、そこそこ元気なのである。もちろんプレイ料金がリーズナブルというのはお客さんにとってデカいんだろうけど、まぁそれなりなサービス内容になっているのだ。プレイ内容がソフトだから女のコのレベルが高いという価値観もなきにしもあらずではあるが、オレの経験上いわせてもらえば、これはやけに例外も多い。「美人は過激にエロい行為はしたがらない」と決め付けては暴論になってしまうが・・・
  そこで考えられるのはハードなプレイへの競争にはお客さんサイドから「イチ抜けた」という感覚があるのではないか?という理論である。友人の1人が「風俗は面白いと思うけど高いオナニーをしているような気分になる」とオレにいったことがある。それだけではここまでの繁栄はないが、一理あることは認めてしまう。風俗で遊ぶということをオナニーに限りなく近い感覚で利用する人もいるのである。
  しかし本来ならばティッシュ数枚の浪費で終わるところを数日分の食事代以上の金額を使ってしまう理由には、そこに生身の女のコが存在するという一点に尽きるのではないか?というポイントが残る。ともかく、そこに女性がいるという時点で風俗が成立するのであればその女性が全裸になろうが着衣のままであろうが、あまり大差はない。セックスの類似行為で発射しようが自力で発射しようが、そこは大きな問題ではないと思えるのだ。
  男性器は女性器と違って簡単に、その存在が見られてしまう。もちろん風俗好きの中には女性器を見ることが大義名分というか目的意識になっているヒトもいるのかもしれないが、むしろ男性器をアカの他人である女性に見てもらうこと目的になっているヒトも相当量いるのではないか?という推測が成り立つ。10代や20代に比べるとオレ個人的にも性器を見られたりすることに、さほどの抵抗も感じなくなってはいるが、40代となってもある程度の羞恥心は残っている。むしろ、その羞恥心を増幅させたいような性的な欲求があることも否定できないのである。
  痴女性感は、またちょっと違うかもしれないがオナクラや手コキのみのソフトサービス風俗の繁栄には、こういった理由が隠されているのではないか?と思った。

 

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